一昨日は第5木曜日でしたが、足混は来年に演奏会を控えているため、今月3回目の練習をいたしました。
今個人的に手こずっているのは『Il bianco e dolce cigno』。
慣れないイタリア語とアカペラで歌うこの曲、キレイにコーラスで聴こえた時にはとても心が洗われるような洗練されたモノです。
でも、今書いたように慣れないイタリア語(カタカナで譜面にルビをふっています)を追いかけると音符から目が離れ、どこをどう歌っているか解らず半パニック状態になります。
田村先生に「マ」で歌ってみてと言われ、足でリズムをとり音符の長さをしっかり確認しながらそれでやってみるとなんとか出来るのですが、やっぱり途中で少し解らなくなったりして、最後なんとか帳尻を合わせるような始末(ToT)。
「テキトォーッ!」と、思わず声が出てしまいました。
「まぁ、そういう時もあるよなぁ。」なんて思いながら、一昨日は練習を終えました。
思うのは結構イタリアなどの外国曲は、詩が漠然としている事。
この『Il bianco e dolce cigno』(白く優しい白鳥)。
いただいた譜面は『白く美しい白鳥』とありましたが、詩の内容は少し哲学的でなかなか簡単に理解するのは難しいモノです。
~白く優しい白鳥は歌いながら死に、私は泣きながら死ぬ。奇妙で異なる運命。白鳥は失望の中死に、私は幸せの中喜びと希望に満たされ死ぬ。他の苦痛を感じないのなら私は何度死んでもいい。~(詩を少し簡略してみました。)
先日個人レッスンで田村先生がイタリア歌曲についてこうお話していました。
「ほとんどが失恋の歌だけど、宇佐美さんが歌っているのは愛の歌だ。」。
私が歌っている『Caro laccio』(いとしい絆よ)は、「あなたが私の思いを縛り付けているが、私はその苦しみを楽しみ満足している。」というモノ。
自分の思いに満たされることの喜びを歌っています。
逆にモーツァルトの『Voi che sapete』(恋とはどんなものか)は、少年が恋に焦がれ「恋とは喜び苦しみ燃え上がるものなのですか?僕はこうして悩んでいることが好きなのですが、恋とはどんなものなのかご存知の方、どうか教えてください。」と割とハッキリ思った事を訴えて歌う曲です。
イタリア歌曲、特にオペラは結構ドラマチックなモノが多く「死んでも離さない。」みたいな内容のモノも少なくありません(@_@;)。
個人的にはそういう内容のモノは苦手なので、今回の選曲は間違っていなかったかもと思っています。
『Caro laccio』のクライマックスのところで田村先生が「最後は祈りを捧げるように。」と、丁寧に歌うことを指導されました。
哲学的とは若干違うかもしれませんが、「考え想う曲」というイメージでは『Il bianco e dolce cigno』と、少し似ているのかなぁなんて勝手に思いながら、レッスンの録音を聴いています。
でもやっぱり白鳥の曲は適当に歌って聴こえます。
初めはそんなもんですよね。
あと何回練習したら満足のいく歌になるのかなぁ・・・(^_^;)。